中嶋内科 事業継承リノベーション
クリニック 2025
深呼吸したくなる医療空間
熊本市の長閑な田園風景の中に佇む中嶋内科は、三代にわたり地域医療を支えてきた診療所である。四代目への事業継承を機に、次の時代に向けた医療環境の更新としてリノベーションを行った。
建物はRC+S造3階建て。かつては19床の入院機能を備え、増改築を重ねながら地域医療の要請に応えてきた。無床診療所となった現在は、診療機能を1階に集約し、日々の診療が完結する構成としている。
本計画では、既存建築を丁寧に読み解き、残すものと変えるものを見極めることを設計の出発点とした。建物の中に残されていた未利用空間や複雑化した動線を、単なる余剰や不便さとしてではなく、これからの診療所を支える「余白」として捉え直した。
既存の待合室は、鮮やかな外観とは対照的に、薄暗く閉塞感のある空間であった。 そこで、呼吸器内科を専門とする四代目院長の専門性にも着想を得て、「院内で深呼吸したくなるような空間」をデザインの核に据えた。
当初は、耐震性能の向上と不要床の整理を兼ねて、2階床の一部を撤去し、吹き抜けを設ける案も検討した。しかし、既存建築の可能性を別の方法で引き出す必要があった。 そこで着目したのが、既存待合室上部の排煙用トップライトである。この既存要素を手がかりに、吹き抜けを新設するのではなく、上部から光が降り注ぐような空間構成へと展開した。
トップライトに連続するように天井を折り上げ、その面にボーダー状のルーバーを設け、上部に間接照明を組み込んでいる。これにより、自然光に近い均質な明るさを確保しながら、やわらかな光が待合全体へと拡散する環境をつくった。待合室に広がるこの光の天井は、既存建築の制約の中から生まれた、この計画を象徴する要素である。
診療所に訪れる人の多くは、少なからず不安や緊張を抱えている。そのため、光の入り方、視線の抜け、素材の触感、動線のわかりやすさを整えることで、患者が安心して診療へ向かえる環境を目指した。
内部空間では、随所にアール壁を取り入れることで患者動線をやわらかく導き、増改築を重ねた既存建築の大きさや硬さを和らげている。 床には周囲の田園風景と呼応する淡いグリーンを採用し、壁と天井はホワイトを基調にまとめることで、清潔さと明るさを確保した。
一方で、医療空間が無機質になりすぎないよう、受付や造作にはタモ材のリブ仕上げを、廊下や診察室の腰壁には深緑のリブ仕上げを用いている。ルーバー、リブ、スリット、バーチカルブラインドといった線状の要素を反復させることで、大きな既存建築に繊細なリズムと身体的なスケールを与えた。
こうして、医療従事者と患者双方にとって機能的で使いやすい診療空間であることを前提とした上で、空間のノイズを抑え、光・動線・素材・スケールを丁寧に整えることで、清潔感と安心感、そして凛とした佇まいを併せ持つ医療空間を目指した。
外観は、四代にわたり地域に親しまれてきた診療所の歴史を受け継ぎながら、周辺の長閑な景観に馴染む落ち着いた表情へと刷新した。建物全体はグレージュを基調とした塗装で整え、大きなヴォリュームをやわらげている。エントランスには、かつての診療所の記憶を想起させるレンガ調タイルを用い、これまでの歴史と静かにつながる佇まいとした。
このリノベーションは、地域とともに歩んできた診療所が、次世代へとバトンをつなぐための更新である。既存建築を丁寧に読み解き、光・素材・スケールを整えることで、医療の場に「深呼吸できる場所」をつくることを試みた。 今後は、健診やリハビリ機能を含む2期工事も計画しており、屋上テラスの活用や階段空間の再編も見据えながら、診療所全体の新しい姿へとつなげていく。
建物概要
所在地:熊本県熊本市北区硯川町
用途:診療所
敷地面積:2,111.04㎡
建築面積:845.16㎡
延床面積:1,736.42㎡
改修面積:736㎡(うち1階 400㎡)
構造・規模:鉄筋コンクリート造及び鉄骨造3階建
竣工:2025.12
クライアント:医療法人社団博文会 中嶋内科
設計監理:阿部悠子設計アトリエ / 阿部悠子
共同設計:フフplan / 中村安那
施工管理:美創 / 神永晃宏
照明設計:yulight / 種子島ゆり
外構設計:鳥山早穂
撮影:Sophie Korini Inada


















