拝啓
ヤマチクファクトリーショップ 2023
熊本県南関町で60年間「竹の、箸だけ」を作り続ける株式会社ヤマチクのファクトリーショップ。工場に併設する75㎡鉄骨造の倉庫をショップ兼カフェとしてリノベーションし、 「何もない」と言われる田舎まちの、新たな観光スポットとなるような場所づくりを求められた。
ディスプレイされるお箸や、全国からセレクトされた工芸品を引き立てるため、インテリアは白を基調とし、ショップ、カフェ、商談コーナー、インフォメーション、フォトスポットなど、限られた店内に求められる複数の機能を丁寧に設えた。
壁面には有孔ボードを使用し、250種類以上のお箸を一面にディスプレイできるようにした。また、お箸をディスプレイするためのシリコン製の治具を特別に製作した。
また、ディスプレイ壁面に沿って横長のハイサイドライトを設けることで、 背後に広がる深緑の山々を店舗内部に引き込み、 日常では意識されていなかった、周辺環境の特性を再認識させる仕掛けとしている。
お箸を引き立てるため「お膳」をイメージした什器は、島状に配置できるよう設計し、 ポップアップなどのイベント時にも柔軟に対応できるレイアウトとした。
カフェではお箸を使って楽しむスイーツを提供しており、カウンター天板は竹をイメージしたグリーンの骨材を混ぜた研ぎ出し仕上げとし、 しっとりとした手触りを感じられるようにした。
外観は倉庫の形体をそのままに、背後の深緑に映える白い箱とした。外壁には、地元の焼き物の陶片をモザイク状に組み合わせた「拝啓」のロゴを配置し、職人の手仕事と遊び心が共存する仕上がりを目指した。
シンプルでプレーンなショップとは対照的に、エクステリアには人工芝を敷いたポップな広場を設け、中央にはFRP製のお箸のオブジェを配置。地元の人々に親しみやすく、キャッチーな雰囲気を演出した。
地元の人から「何もない」と言われるまちを「自慢したいまち」に変える、 そんな可能性の萌芽を期待させるショップとなった。
建築概要
所在地:熊本県南関町
構造:鉄骨造平屋 改修
建築面積:82.55㎡
延床面積:51.32㎡
竣工:2023. 10
クライアント:株式会社ヤマチク / 山崎彰吾
設計監理:阿部悠子設計アトリエ / 阿部悠子
施工管理:永松建設 / 永松隆介
クリエイティブディレクション:佐藤かつあき
ロゴデザイン:OVAL / 杉村武則
照明計画:Modulex / 小山良平
撮影:yona design lab
人と地域を結ぶ、南関のランドマーク
株式会社ヤマチク 山﨑彰悟さん
Photo: Isamu Yamamoto Txt: Asuka Nakajo
お引渡し後、お店がどのように活用されているかをお伝えするため、ライターによるインタビュー記事を掲載いたします。
南関町の山間を走る、県道29号線沿いに佇むファクトリーショップ『拝啓』。 小代焼きのタイルで壁面を彩る大きな“拝啓”の文字や、人の背丈ほどあるお箸のオブジェになんだか手招きをされているような親しみあふれる空間です。代表の山崎彰悟(やまさきしょうご)さんに、店に込めた想いや完成までのエピソードを伺いました。
ー2023年に完成した『拝啓』とは、どのような場所なのでしょうか?
1963年の創業から「竹の、箸だけ」を作り続けてきた『株式会社ヤマチク』のファクトリーショップです。自社製品のお箸はもちろん、僕自身が全国各地を訪れる中でその想いに共感した作り手のプロダクトや、南関町の特産品を使ったオリジナルのスイーツを展開しています。
ー『拝啓』の場は、どのような思いで作られたのですか?
僕が帰熊した当初の南関町は、休みの日にお茶を飲むところも、ちょっと買い物したくなるような場所もありませんでした。だからあの時の僕が「あったらいいな」と思い描いていた理想の空間をイメージしました。日常の合間にひと息ついて自分に立ち返ったり、大切な誰かに思いを寄せたり、“手紙”を綴るような時間を過ごして欲しいなと思っています。
ー建築家の阿部さんとは、どのような経緯で知り合ったのでしょうか。
阿部さんとの出会いは、信頼する仕事のパートナーからの紹介です。ぼくは建築に関する知識はありませんが、うちで働いてくれている作り手さんも、顧客さんもほぼ女性がメイン。今の時代にジェンダーは関係ないけれど、どんな心遣いがうれしくて、どんな瞬間にホッとするのか。普段、僕が見過ごしているような繊細な感覚をピックアップする設計まで含めて阿部さんに託したいと思いました。
ープランを練るにあたって、どのようなオーダーをされたのでしょうか?
今回は、元々あった倉庫を店舗に改装するリノベーションと、什器の設計を依頼しました。空間のコンセプトを“手紙”にしようということはすでに決めていたので、設計の段階で主に話し合ったのは場の「使われ方」と「見え方」ですね。
「見え方」というのは、壁に小代焼で描いた“拝啓”の文字や、お箸のオブジェで初めての方でも親しみがもてるような仕掛けですね。「使われ方」というのは、いわゆる動線ですね。店内が見えることでお客さまも覗きやすいですし、中へ入れば、奥の空間でお茶を飲みながらゆったりとギフトを選べます。
ー実際に計画から完成までの過程で印象的だったことをはありますか?
打ち合わせの段階では、終始細やかな心配りができる方だなという印象でした。実際に施工の現場で際立っていたのは、工務店や大工さんたちとしっかり連携して、きっちり現場を動かしていく“芯の強さ”です。おかげでプランニングから施工、引き渡し後の今に至るまで大きなトラブルもない。想像以上に気持ちのいい空間に仕上げていただきました。
ー気に入っているところはありますか?
周辺の景色を切り取るハイサイドの窓ですね。真っ白い店内に映える緑がきれいで、改めて「この場所はいいところだよ」と語りかけてくれるような存在です。その光景を一層際立たせているのが、丁寧な施工だと感じています。
店内奥にあるホテルのようにゆったりと仕上げたお手洗いも密かな自慢です(笑)。
ー店舗でも個人宅でも“建築家”に依頼することにハードルを感じている方も少なからずいるのではないかと思いますが、建築家に依頼する際に大事にしたいはなんですか?
「建築家だから」と身構える必要は全然なくて、むしろ選択の幅が広がったと僕は感じます。「プランの段階で色々な構想も膨らみますが、阿部さんはいつも真摯に耳を傾けてくれました。その都度、きちんと費用対効果をレクチャーしてくれる姿勢もありがたかったですし、その辺りのバランス感覚はさすがさなと。結果として、デザインや仕上がり、費用面など、どの角度からみても最善の方向に導いてくれました。建築は一緒に作り上げるものだけど、最終的には建築家を信頼して“委ねること”が大事ですね。
ー実際に店を運営する中で感じていることや、これからの展望を聞かせてください。
ありがたいことに平日でもたくさんのお客さまが足を運んでくださっていて、一番身近な社員さんも休憩時間に利用してくれているのがうれしいです。観光の方から身近な社員さんまで、優しく包み込んでくれるような空間を作れたのは、やっぱり阿部さんの人柄ですね。これからもこの場所を拠点にやりがいのある仕事と、竹のお箸に宿る精神文化を丁寧に伝えていけたらうれしいです。